書物の庭|戸田勝久


30|美しき書物のカタログ


“BEAUX LIVRES (1828~1930)”
Frontispice de Laboureur, S.A.Georg, Libraires, Paris, 1929
28×23cm、60フラン、刊行部数不明

これはフランスの書店が今から96年前に出した古書カタログ。私が長年探していた素敵な銅版画が一枚付いているので求めた。

東西の一流古書店は自慢の蔵書をきちんと編集した立派なカタログを刊行して古書を販売する。註文しなくても見ているだけで楽しめる古書カタログは本好きの愛読書でもある。そこには書誌情報、書影、挿絵の写真などが掲載され、まだ見ぬ本、憧れの書物への想いがかき立てられる。さらには後世の愛書家、書誌学者のための重要な資料にもなっている。

私宅にも各地の古書店から折々にカタログが送られて来る。昨今はインターネットカタログに移行しつつあるので、かつてのように秋と年末に郵便受けに溢れんばかりに入る事は無くなった。



白い表紙に渋いブルーで「美しい書物 (1828〜1930)」と題され、装本はいわゆる軽装のフランス装、背文字には「ドラクロワからシャガールまで」と印字され、裏表紙には価格60フランとあるので販売されていたようだ。これは1929年当時、パリとスイスのローザンヌに在った書店S.A.Georgが刊行した版画挿絵入本の古書カタログ。

1828年から1930年までの約100年間に作られた版画挿絵入本の中からこの書店が集めた56冊の美しい書物が書誌情報と販売価格を記して制作年代順に並べてある。

美しく水彩紙のような質感の表紙

ドラクロワからシャガールまで

1929年のアール・デコの時代にしては古風な題扉の活字レイアウト、左ページ口絵にこのカタログのために彫られたJ.-E.ラブルールのオリジナル銅版画「探し物」がある

店先の男を訝しげに見張っている女店主、「この人、週一で来るけど買わないのよねー」と呟いているような気配

古書店と言うより骨董屋に近い店先で古書を品定めしている紳士、東西を問わず見かける光景は、まさに古書カタログにふさわしい!

書物の解説が刊行年順で始まる1番の1828年のドラクロワ

書店カタログの文章を以下に……

1. ゲーテ著『ファウスト』
アルベール・シュタプファー氏によりフランス語に翻訳された本書には、作者の肖像画と、作品の主要な場面に基づいて描かれたウジェーヌ・ドラクロワ氏の石版画が添えられています。パリ、C.モット刊行、1828年

大きなフォリオ版、ゴルチエ・ラギオニー印刷所 25,000フラン

初版: ゲーテの肖像画 1 枚、非常に高品質の中国紙に印刷されたドラクロワによるオリジナルの石版画18 枚、

19世紀の装釘、背革装、非常に大きな余白: 415×280 mm。

石版画で挿絵が描かれた最初の主要な文学作品。ウジェーヌ・ドラクロワの素晴らしい作品はゲーテ自身も認め、偉大な詩人と偉大な画家の出会いは後世に最も特徴的な本の一つとして残されました。

と詳しく楽しく愛書家の心をくすぐりながら詳細な解説が続く。


37. ヴァレリー・ラルボー著『美よ、私の美しい悩みよ……』
ヴァレリー・ラルボーの小説、J.-E. ラブルールの37 枚の版画による挿絵入り。
パリ、ヌーベル・ルビュー・フランセーズ出版、1920年。

八つ折り本。クールーマ印刷所。

限定版 400 部と非売12 部、すべてベラン紙を使用したオリジナル版。フランス装、緑色のモロッコ革のスリップケース入り。

題扉には、パステルで彩色された重要なオリジナルの鉛筆画があります。

アーティストの署名が入ったすべての版画の別添のセット。美しい水彩画 5 点入り。

魅力的で多くの人に愛されている作品であり、近年登場した作品の中でも最も独創的なものの 1 つです。ラブルールの非常に特徴的な技法が、この小説のテキストにさらなる魅力を加え、まさに優雅なスタイルの傑作となっている。

別添えの版画は 5 部のみ刷られ、印刷後に原版が破棄されたため、非常に希少なものとなっています。12,500フラン

「希少」と言う言葉に極めて弱いのがブックコレクター。

ABC順に記された挿絵画家索引

著者別の索引、この本文用紙は贅沢な最高品質の日本局紙に近い紙、挿絵図版の複製は高精細なコロタイプ印刷、紙と印刷が素晴らしい

1 『ファウスト』
ゲーテ、1828年のドラクロワ石版画入り本、フランス版画挿絵入り文学書の嚆矢、25,000フラン

3『ドーミエ』
オノーレ・ドーミエ作品集、1838年頃、石版画に彩色、30,000フラン、(本書の複製の彩色はポショワール版手作業でされている)

10『ガヴァルニ 自然から』
4人の著者による大判4冊本、19世紀半ばの人気イラストレーターポール・ガヴァルニの石版画挿絵、1,200フラン

15『陪審員』
エドモンド・ピカール著、5幕からなるモノドラマ、オディロン・ルドンによるオリジナル石版画7点と肖像画2点、1887年、ブリュッセル マダムモノン刊行、2,800フラン

16 『ユリアンの旅』
アンドレ・ジッド著、モーリス・ドニ挿絵、パリ、アール・アンデパンダン書店刊行、1893年
小さな四つ折り本、ペーパーバック 、ポール・シュミットによる印刷、モーリス・ドニによるリトグラフ30点のイラスト入りオリジナル版、限定版 300 部

アンドレ・ジッドの哲学的なインスピレーションに満ちた輝かしい詩が、非常に芸術的な方法で表現されています、この小さな本は、完璧に完成されており、現代の本の出現を数年先取りしていました、その重要性は、モーリス・ドニがオリジナルの版画で挿絵を描いた唯一の作品であるため、さらに大きくなります、1,600フラン

21『平行して』
ポール・ヴェルレーヌ著、ピエール・ボナールによるオリジナルのリトグラフ、
パリ、アンブロワーズ・ヴォラール出版社、1900年、
四つ折り本、ペーパーバック、国立印刷局印刷、30,000フラン

25『さかしま』
J.-K.ユイスマンス著、オーギュスト・ルペールによるカラー木版画 220 点、「百人の愛書家」と言うブック倶楽部のために刊行、パリ、1903年、八つ折り大判本、愛書家協会会員向けに130部限定発行

この作品の制作はオーギュスト・ルペールに全面的に委託され、彼はこの作品にイラストや装飾をふんだんに施しただけでなく、サン・ジャン・ド・モン(ヴァンデ県)の自宅で、自らの指示のもと手動印刷機で印刷しました、40,000フラン

36『拡がる都市』
エミール・ヴェルハーレン著、フランク・ブラングィンによるリトグラフと木版画 47 点付き
パリ、エリュー・セルジャン出版社、1919年刊行、四つ折り本2冊セット、20,000フラン

37『美よ、私の美しい悩みよ... 』
ヴァレリー・ラルボー著、J.-E. ラブルールの37 枚の版画による挿絵入り、12,500フラン

41『ボヴァリー夫人』
フローベール著、ギュスターヴ・フローベールの挿絵入り作品全集、100周年記念版
パリ、リブレリ・ド・フランス刊行、ピエール・ラプラードによるイラスト、1921年、15,000フラン

43 『スペイン便り』
ジャック・ド・ラクテル著、マリー・ローランサンによるエッチングが 11 点収録されています
出版社ル・リーブル、パリ、1926年、限定版日本局紙版 25 部、ローランサン水彩画付き、7,500フラン

45『ドン・キホーテ』の挿絵に使用されたオリジナル絵の完全セット、サイモン・クラ版(1927年)
八つ折り全4巻、

ガス・ボファによる 371 枚の絵が複製され、アーティストの指示と指導に従ってポショワールで着色されています、85,000フラン

46『ウェルギリウスの牧歌』
ヴァージル著、原文および新訳はマルク・ラファルグ、アリスティド・マイヨールがデザインし制作した木版画
四つ折り本、ペーパーバック、ワイマールのグラナッハ・プレス刊行、限定版 292 部 、17,000フラン
52『ユトリロの伝説と生涯』
フランシス・カルコ著、マルセル・セユール・エディションズ、パリ、1927年
大きな四つ折り本が2冊、
初版、美しい本、わずか 100 部印刷、10枚のオリジナルの黒刷りのリトグラフ、口絵(カラーリトグラフ)、静岡県産の和紙に印刷された本、3,000フラン

掉尾に当時まだ制作途中のシャガールの挿絵本『死せる魂』

56. ニコライ・ゴーゴリ著『死せる魂』
シャガールによる銅版画、パリ、アンブロワーズ・ヴォラール出版

この非常に美しい作品は、印刷がまだ終わっていませんが、おそらく今年中に出版されるでしょう、ロシアの画家シャガールによるオリジナルエッチング 100 点と、同じ画家によるオリジナルの彫版による見出し、装飾文字、末尾文字の 40 点が描かれています、印刷部数は、和紙版が 50 部、上質紙版が 300 部に限定されます

私たちは現在、この非常に独創的で大変重要な本の予約を受け付けています、現時点で出版価格は未定です

1929年時点で「今年中に出版されるでしょう」と書かれたシャガール初の版画挿絵本は、細部の調整に手間取っている内、1939年に版元のヴォラールが死去し、さらに第二次世界大戦が勃発し、遅れに遅れて1948年にようやく上梓された。

1929年5月20日、パリ、RUE DE FLEURUS 9番地、A.LAHUREのプレス機による印刷が完了、D. JACOMET & Cieによる挿絵複製、口絵銅版画の刷りはMONNARDによった

最終ページには、3つの印刷所が明記してある。活字印刷所、挿絵のコロタイプ印刷所、銅版画の刷り工房。高度な精度を保って仕事をしたそれぞれの技術者に対する古書店主の感謝の気持ちがうかがえる。

最高の紙に最高の印刷で作り上げられたこの96年前の古書カタログ。一体どの本が売れて、約100年間の時を経て今どこにあるのだろうか?などと思いながら夢のような美書が並べられた1929年のページの香りを味わっている。

 
 

戸田勝久(とだかつひさ)

画家。アクリル画と水墨画で東西の境が無い「詩の絵画化」を目指している。古書と掛軸とギターを栄養にして六甲山で暮らす。