書物の庭|戸田勝久
13|夢見がちな少年のための童話
「書物の庭 1」で紹介した私の装釘の初仕事、「龍膽寺 雄著『塔の幻想』1978年、奢灞都館刊」の後に美大の卒業制作として作ったのがこの『郵便飛行士』。
ビジュアルデザイン科の卒業制作なので、かなり広い範囲のジャンルからテーマを探さねばならなかった。何をするのか悩みつつ好きな活字書体の分析や欧米の装釘の分類などを考えている内にデザインの集合体としての「本」を作ることに決めた。
制作案の事前審査の際にデザイン科の主の教授から「本を作るならデザインだけでなく、本文も自分で書きなさい」と助言された。
その頃、グライダー飛行士の友人のために書いた童話があった。丁度小さな本に相応しい分量だったので、何点か挿絵を描き、各章頭の飾り文字をレタリングし、全体のデザインを考えて動き出した。
私には製本技術が無いため奢灞都館の『塔の幻想』を製本担当の神戸市灘区の須川製本所にお願いした。製本の打ち合わせに伺った時、奢灞都館本のマンディアルグ著の『満潮』特装本に使った革が残っていると見せて下さり、学生には少し贅沢な「背革装」にした。
10代後半から古書店通いをして好きな装釘の本を集めていたのだが、試行錯誤しながら古い書物の世界を覗いている段階で、書物の姿に対する自分の嗜好はまだはっきりとは定まっていなかった。
朧げに19世紀末英国の挿絵本を想い、欧米の私家版の世界への憧れを持ちつつこの本の姿が出来上がって行き、奢灞都館主人広政かをるさんと須川製本所の須川誠一さんと言う出版人の協力を得てようやく物質として堅牢な『郵便飛行士』が完成し、大学を無事に卒業できた。
大学の卒業制作として刊行した100部の私刊本『郵便飛行士』。春が来ると思い出す私の青春の本、中身はともかく物質として丈夫に製本されており、44年後の今でも元気で誰かの書架に収まっている姿を想像する。
戸田勝久(とだかつひさ)
画家。アクリル画と水墨画で東西の境が無い「詩の絵画化」を目指している。古書と掛軸とギターを栄養にして六甲山で暮らす。
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