楽の器|土取利行


2|五人囃子とパンチャヴァディヤム


 桃の節句に五人囃子という雛人形が飾られる。能楽の太鼓・大鼓・小鼓・笛・謡からなる楽人だったり、雅楽の横笛、篳篥、笙、火焔太鼓、羯鼓からなる五楽人だったりする。本来雛飾りは天皇皇后の結婚式を模したもので、官中で演奏されるのは能楽でなく雅楽のはずで、五人囃子ではなく五楽人の雛人形が飾られてなければならない。それでも能の五人囃子の人形が多く飾られるようになったのは、江戸時代、武家社会での能楽の流行とともに五人囃子が広く親しまれるようになったからだといわれている。雛人形の楽人が能楽か雅楽かのいずれかはともかく、ここで共通しているのは5つの楽器を用いるということである。そしてこの異なる5つの楽器の選択ということから、想いを天竺、インドに向けてみたい。

 南インドのケーララ州は打楽器王国とも言える宗教的民族打楽器の宝庫である。その一つ、5という数字がシンボライズされた、文字通り5つの楽器群を意味する、パンチャヴァディヤム(マラヤーラム語)と称する寺院音楽があり、その迫力には魂を揺さぶられる。
 パンチャヴァディヤムの五つの楽器には、ティミラ、マッダラム、イラタラム、イダッカの4つの打楽器と、コンブと呼ばれる管楽器が加わる。前回、伎楽鼓の源流がインドにあるという説を述べたが、私は実際に南インドでこの打楽器集団の演奏を聞く機会があり、砂時計型両面太鼓、ティミラこそが伎楽鼓に最も近しい楽器であることを実感した。この楽器は上述の5つの楽器のリーダー的打楽器でもあるが、ここでパンチャヴァディヤムのティミラ以外の打楽器についても書いておく。
 まずマッダラムという両面太鼓は、ティミラの胴がくびれてスリムなのに対し、中央部が膨らんだファッツな樽型太鼓である。またティミラが肩から紐で吊るして一方の腰の側につけて片方の鼓面を素手で叩くのに対し、マッダラムは腹の前に水平に配置して両面を叩く。それにしてもこの太鼓の重さは20数キロもあり、全員立姿勢で演奏するパンチャヴァディヤムの中でも特に腰の強さが要求される楽器である。なお重厚な胴から発せられる音は左右の鼓面で大きく異なり、右は打つ指をセメントで固めたような包帯で包み、能の鼓のような硬質な音を発するのに対し、左の鼓膜は音が深く響くように塗り物が施されていて、ちょうど古典楽器のムリダンガムのように左右の音の違いで硬軟合い混ざった軽やかで豊かな色彩を醸し出す。ケーララ特有のこの太鼓はこの地方に伝承される古典舞踊カターカリのメインドラムとしてもよく知られている。
 さらにイダッカという打楽器は、構造的にはティミラと同様の砂時計型両太鼓であるが、胴は能の小鼓ほどの大きさで、皮膜そのものが書籍のカバーに使うパラフィン紙のような非常に薄い皮が用いられており、片側の膜面に細い一本の糸のスネアーが貼られていて、他方の膜面をステイックで打つ時、ビービーという三味線のさわり音のような共鳴音を発する。イダッカは両方の皮膜が細い調緒で結ばれていて、奏者は太鼓を肩から吊るして腰の辺りにさげ、トーキングドラムのように調緒の締め具合で音調が変化する。器こそ小さいが実に特異な響きを発するこのイダッカは、ケーララ地方のサンスクリット劇クーリヤッタムやモヒニヤッタムでも欠かせない貴重な太鼓としてある。

右がイダッカ奏者(筆者撮影)

 最後にリズムをサポートするのに重要な小さいイラタラムという2枚のシンバルがあり、これは両手に持って打ち鳴らされ、金属音が太鼓の音に華やかさを加える。またコンブとよばれる円状になったホーンが単調な旋律音で打楽器とは異質の音で勇壮さを増してゆく。

 パンチャヴァディヤムの盛大な楽奏が繰り広げられるのはモンスーン期の近づく4〜5月。
 ケーララ州各地で女神デヴィを背に乗せた象が練り歩くプーラム(祭り)が開催され、とりわけトリチュールのマイダン公園に向かい合って建つ「パラメカブー寺院」と「ティルヴァンバディー寺院」では、隊を組んで並ぶ何頭もの象に女神と天蓋のような傘を広げた従者が乗り、数万人ともいわれる広場に集まった群衆の中で、2つの寺院のパンチャヴァディヤムの楽人がこの日とばかりに鼓撃に酔いしれるのである。
 南インドのパンチャヴァディヤムで演奏される楽器をみていると、その形状、音色において日本の雅楽や能楽の楽器と相似するものも少なくない。伎楽鼓や腰鼓が渡来楽器とされるが、その砂時計型の両面太鼓が、雅楽では調緒を持つ円筒形の両面太鼓、鞨鼓となり、能では再び調緒を持つ砂時計型の両面太鼓、大鼓、小鼓と化すなど時代とともに変化し、インドの砂時計型両面太鼓もティミラやイダッカ、そして北インドではウデッキなどへと変化を遂げているのだが、詳細な変遷の過程や時期は明確ではない。しかしパンチャヴァディヤムと能の五人囃子が五つの楽器(声も含めた)によって成立する背景には、そこに共通する<五感>が存在しているのではないかと密かに思うのである。

トップ画像:パンチャヴァディヤムの演奏。左がマッダラム奏者、右がティミラ奏者、中央がイラタラム奏者(筆者撮影)

 
 

土取利行

1950年、香川県生まれ。パーカッショニスト、ピーター・ブルック劇団音楽監督、縄文鼓・銅鐸・サヌカイト奏者。現在は岐阜県郡上八幡を拠点に活動中。