楽の器|土取利行


1|伎楽鼓とスパイラルアームズ


 スパイラルアームズという打楽器集団を1997年頃に結成した。先日逝去された編集工学研究所所長で著述家の松岡正剛氏が当時企画されていた国際物語学会で出会った和泉流狂言師の故・五世野村万之丞氏からの伎楽の復元計画があるので音楽部門を担当してもらえないかという話がきっかけだった。
 呉楽(くれがく)とも呼ばれる伎楽は、『日本書紀』の推古天皇二十年(612)の条に「百済人味摩之帰化。学干呉得伎楽舞。則安置桜井而集少年令集伎楽舞……」と記されており、呉国で伎楽舞を修めた百済の味摩之(みまし)が奈良の桜井に少年を集めて、この芸能を育て伝えたとある。そして『続日本紀』では仏供養の楽舞とも記され、『令集解』では呉楽の主要楽器として腰鼓が掲げられている。
 伎楽の舞は、14種23面で構成される多様な面を用いた舞踊劇である。この面の中にはペルシャ系の顔を模した酔胡やインド・ヒンドゥー教のガルダ他、シルクロードから東南アジアにみられるキャラクターがみられ、神楽、能、狂言などの日本芸能の源流とも考えられているが、奈良時代の末期にはこの仮面舞踊劇は仏教儀礼などの表舞台から消え、今では仮面や衣装、そして楽器などが正倉院や東大寺他の寺院などに残されているのみで、当時の芸能のダイナミズムに触れることはできない。
 万之丞氏からこの音楽の依頼を受け、主要楽器としての呉鼓について文献などを参考に浅野太鼓の浅野昭利氏に呉鼓の復元製造をお願いしたところ、非常に素晴らしい呉鼓が届いた。参考にした正倉院の呉鼓は砂時計型の両面太鼓で、胴は木製漆塗りで丈42センチ前後、口径は14.5センチ前後の大きさで、ほぼ同寸の胴が22口残されており、鼓皮膜も2対見られる。
 伎楽音楽は隊を組んで演じられ、笛吹、鉦盤(しょうばん)が1人か2人に対し、呉鼓奏者は10人から20人の大人数。これら伎楽団は東大寺大仏開眼会において4組が参加していたといわれ、80人以上の太鼓隊の撃音が毘盧遮那仏を讃え、仏教儀礼を盛大にしたと想像できる。
 残念ながら万之丞氏の計画はその後大きく変わった。当初仮面作りを太陽劇団の舞台美術担当のイタリア人に頼んでいたが、彼は厳格な職人気質で1年かけて2面しかできないということで辞退され、私の呉鼓団も太鼓は作ってみたものの、万之丞氏は全く異なるやり方で真伎楽団を作って活動し始めたため、その流れから離れざるを得なくなった。

 しかしすでに復元してもらっていた呉鼓の演奏後、仮面舞踊劇を伴うかつての伎楽隊とは別に、この太鼓だけの演奏の可能性を探ってみようと思い、スパイラルアームズの結成にいたったのである。 
 伎楽鼓編成にあたっては、当初から東大寺の大仏開眼会のように100名近くの鼓群を組むわけにもゆかず、元来1種の大きさの鼓を大中小の3種の大きさにして、高音の響きに中音、低音域の響きを加え、音楽効果を豊かにした。
 呉鼓の発祥地ではないかといわれているインドをはじめ、シルクロードのイラン、韓国、さらにはインドネシアやスリランカなどで自ら体得してきたドラムリズムをスパイラルアームズに反映させて、さらに音楽的ダイナミズムをドラムアンサンブルで創出していった。
 1998年には、スパイラルアームズのCD第一弾をリリース。メンバーにはチャンゴ奏者、パンクドラマー、ベース奏者、朝鮮のリードトランペット奏者が参加した。その後、インドネシアのジャカルタからアートサミットの出演要請を受け、この時は日本のメンバーとスラカルタ音楽院の学長ラハユ・スパン率いる3人のジャワ・ガムラン奏者達との共演が実現し、このアンサンブルは日本でも実現した。その後、グループとは別に自ら伎楽鼓を用いて韓国の打楽器集団ノルムマチや日本の雅楽奏者、イランの音楽家達と演奏を展開した。 
 また2010年の奈良での平城遷都1300年祭では、韓国の世界的舞踊家キム・メジャ(金梅子)さんを招聘し、呉鼓を用いてのコラボレーションを行った。この時キムさんは百済から渡来して伎楽団を形成した味摩之に興味をもち、この謎の渡来芸術家をテーマにした舞踊を創作して「光」と名付けた。この作品はその後キム・メジャ・ダンスカンパニーの女性3人とキムさんの4人での振り付けで発展させられ、岡山、京都と韓国での公演へと続いていった。
 その韓国ではチャンゴという伎楽鼓と同様の構造、つまり砂時計型の胴に両面を調緒で締める太鼓があり、日本では奈良時代から時を経て生まれた能楽に使われた鼓が呉鼓の系譜としてあげられるだろう。伎楽面の流れはイランにまで辿れるが、そこにはこの砂時計型の胴を持つ両面太鼓はなく、ワイングラス型の胴のザーブやアラブ諸国に見られる円形のフレームドラムがメインとなり、伎楽鼓の流れと伎楽面の流れに差異があることが見えてくる。世界各地に楽の器を求めて旅を続けてきた私にとっては、このように仮面と呉鼓を統合して舞踊劇を成立させた味麻之の存在が、大いに気になるところでもある。

 
 

土取利行

1950年、香川県生まれ。パーカッショニスト、ピーター・ブルック劇団音楽監督、縄文鼓・銅鐸・サヌカイト奏者。現在は岐阜県郡上八幡を拠点に活動中。