relay essay|連閏記


5|土の皮膜

多田君枝(コンフォルト エディトリアル・ディレクター)


 

正方形のものは小山椒、大山椒、小石、大石。松葉状のものは野毛。細かなものは微塵。いずれも切箔の名である。鹿革の上にそっと箔を載せ、竹の小刀で裁断してその形とする。ふすまを彩る金銀砂子の技法は、平安時代に貴族が詩歌を表現した料紙に遡るという。その制作風景もまた、すべてが優美だった。

支持体となる鳥の子紙にはあらかじめ、膠をぬるい湯で溶いて明礬を加えた礬水(ドーサ)が引いてある。砂子師は、底に金網を張った大小の竹筒にそれぞれ切箔や砂子を入れ、筒を振ったり箸で叩いたりして蒔いていく。切箔は湿った紙に吸い寄せられるように着地し、はらりと開いて横たわる。神々しささえ感じる瞬間だ。

ひと通り蒔き終えたら、紙をあてておさえ、また礬水を引く。乾かしてから次の切箔や砂子を蒔く。それを繰り返し、ほかの技法も組み合わせて、雲や霞、山々などを描いていくのである。

伝統的な日本建築を彩る手わざの世界は、底なし沼のようである。掘っても掘ってもその奥があってきりがない。金銀砂子に使われる箔や鳥の子紙だって、それぞれにさらに別の体系がある。

左官を知っていくなかでも、驚くことは山ほどあった。土や砂をふるって大きさを揃えていくと、目をみはるほど美しい色と粒子が出現する。そこに混ぜる藁スサもやはりふるって使われる。長い荒スサ、中塗りスサ、アクを抜いたひだしスサ、もっとも細かい微塵スサ。土壁は何層も塗り重ねて一体とする。そのために、層によって土、砂、スサの種類や割合を変えるのである。上塗りの種類も、最上級の水捏ね、海藻糊を加える糊捏ね、その間の糊差し、少しざっくりした切り返しと、細かく分類される。それぞれに工程や道具も異なる。だから優れた左官職人は鏝をたくさん持っていて使い分けている。

施工の最中がまた見ものだ。水を含んだたっぷりした材料が鏝板に載せられ、鏝ですくい取られ、壁に押しつけられ、広げられていく。ひと撫で、ふた撫でするうち、表面はみるみる平らになっていく。

伝統技術をひとつひとつ知っていくにつれ、気付いたことがあった。「薄い層を重ねる」方法が多いのである。

砂子を描くときは、蒔いては乾かすことを繰り返す。左官は下塗りをしては乾かし、中塗りしては乾かして層を厚くしていく。畳床(たたみどこ)は藁を並べた層を縦横に重ねてから圧縮する。ふすまは、縦横に組んだ組子に紙を何層も貼ってパネル状に仕立てていく。漆も薄く塗っては乾かし、研ぎ、を繰り返して仕上げていく。

世界の建築のうち、3分の1は土でつくられていると聞く。日本の家は木と紙でできているといわれるが、壁の本体は伝統的には土だった。しかし、下地に塗り重ねていくような壁のつくりかたは世界的に見れば特殊で、土を煉瓦状にして積んだり、型枠の中に土を押し込めたりする工法のほうがメジャーである。つまり、多くの国は塊として、日本は薄い層の重なりとして土を扱う。それゆえ、日本の表現はきわめて平滑に、繊細になる。

アメリカ人で日本の左官に魅せられ、職人になった女性はその理由を、「初めて茶室に入ったとき、土壁に感動したから」と話した。「しんとした気持ちになった」と、彼女はいう。「あんな静かな空間は、それまで経験したことがなかった」。

フランスの建築家は、環境や省エネの観点から土を使うにあたって、日本の左官の技法を採り入れた。「端正な表現なので、現代の建築に似合う」からだという。

日本の伝統技法を継承していくにあたって、そんな視点も参考になるのではないか、と思っている。