空っぽの月


1|三人のJから


 
 

月のプレイリストをつくりはじめた当初から、最初の3曲と最後の3曲はほぼ決まっていた。20数曲からスタートしてから100曲に達したいままで、その順番は不動のままである。月の音楽にはまだまだ出会うことになるだろうが、適宜入れ替えることはしても、「百の月」以上に増やすことはしないつもりだ。

The Jimi Hendrix Experience "Moon, Turn The Tides...Gently, Gently Away"


冒頭3曲の口切は、ジミヘンこと、ジミ・ヘンドリックス。多少の異論はあるだろうが、ジミ・ヘンドリックスは時代を超えたナンバーワン・ロック・ギタリストである。アメリカからやって来て、ロンドンでのステージ・デビューにあたっては、英国の名だたるロック・ギタリスト達が度肝を抜かれ、かのジェフ・ベックにして、真剣にギタリスト廃業を考えさせたほどである。ただしヘンドリックスはベックのことを「イギリスで最高のギタリスト」と評していた。とにかくそのスタイルは、繊細かつパワフルで、何より自在である。現時点で聴くと、さほど特別なものとは思わない向きもあるかもしれないが、それは彼のギターが、以降のギタリストに与えた影響が圧倒的だったことの証にほかならない。ジミヘンがスタンダートになったのである。"Moon, Turn The Tides...Gently, Gently Away"(邦題「月夜の潮路」)は、彼のバンド、ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスの2枚組アルバム「Electric Ladyland」に収録された。「Electric Ladyland」の英国版のジャケットは女性の集合ヌード写真が使われ、猥褻であると物議を醸したが、ジミ・ヘンドリックス本人もこのジャケットを嫌がっていたらしい。

猥褻ジャケットということでは、エリック・クラプトンらのブラインド・フェイスのアルバム「Blind Faith」(邦題「スーパー・ジャイアンツ」)が思い合わされるが、いまあらためて見ると「そうかな?」と思う。もっとも多感な十代男子だった頃、レコード店で、これらのアルバムを手に取ることに躊躇した覚えがある。「Electric Ladyland」のヌード・ジャケットは、長い間、本腰を入れてジミヘンを聴き込むことがなかった遠因でもある。ついでに触れておくとザ・ビートルズの「Yesterday and Today」のジャケットも発売直前に販売店から下品だとの苦情が殺到し、メンバーの意向を無視して、急遽無難なものに差し替えられた。ただし元のデザインのものも「ブッチャー・カヴァー」として若干流通したそうだ。

順番に 英国版「Electric Ladyland」、「Blind Faith」、米国版「Yesterday and Today」(ブッチャー・カヴァー)

閑話休題。"Moon, Turn The Tides...Gently, Gently"は、2枚組Side3のラストに配置された曲なのだが、曲というよりシークエンスと言った方がいいかもしれない。ジミ・ヘンドリックスのギターの凄さを言挙げしてはみたものの、"Moon, Turn The Tides...Gently, Gently"にはギターはほとんど登場しない。ヴォーカルもない。そこがなんともジミヘンの「月」らしく思えてくる。

もしジミヘンのギターを聴いたことがないのなら、"Purple Haze"か"Little Wing"、あるいはウッドストック・コンサートのアメリカ国歌"The Star-Spangled Banner"の伝説的演奏をお勧めしておく。

ただし、残念ながらyoutubeでは"Moon, Turn The Tides...Gently, Gently Away"のオリジナル版は、いまのところ試聴できないようなので、"The Star-Spangled Banner"のリンクを貼っておくことにする。

Janis Joplin & The Full Tilt Boogie Band "Half Moon"


ジミ・ヘンドリックスの活動期間はわずか4年で、1970年の9月には「謎の死」を遂げている。その翌月には、ジャニス・ジョプリンが死んだ。 "Half Moon"は彼女の遺作「Pearl」に収録されている。さらに翌年7月にはドアーズのジム・モリソン、また前年7月にはザ・ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズが突然死している。アルコールやドラッグが死因とされているが、いずれもカリスマ的ミュージシャンであり、その反体制的言動(本当にあったかはともかく)を怖れたCIAによる謀殺であるという噂も流れた。あるとき、これらの死を連続殺人と見立て、エラリー・クイーンにならって『Jの悲劇』というミステリを妄想したことがある。これらの殺人は一旦迷宮入りとなったものの、1980年のジョン・ボーナム(レッド・ツェッペリン)とジョン・レノンの「J殺人」をきっかけに、謎は解決。日本人(「J」anese)が犯人だったという落ちがつくものである。無論のこと、展開にあまりにも無理があり、小説化は断念した。

話が逸れたついでにグレース・スリックにも触れておく。60年代後半、ジャニスト人気を二分した女性ヴォーカリストが、ジェファーソン・エアプレインのグレースだった。当時はグレースの方が個人的には好みだった。こちらは長生きして、かつて「革命」を歌っていたのに、いつの間にか共和党支持発言したりして、「伝説」にはなり損ねている。まあ、それが幸か不幸かは、当人次第ではある。

Bert Jansch "Crimson Moon"


こういう言い方は、どちらにも失礼になるのだが、バート・ヤンシュは「アコースティック・ギターのジミヘン」と呼ばれることがある。それほどヤンシュのギター・スタイルが独特で自在だということである。その特徴は、三味線の「さわり」のような音の濁りやベンド(チョーキング)による平均律からの逸脱など。ジミー・ペイジやドノヴァン、ニール・ヤングら、影響を受けたミュージシャンは数知れず。多少、ギターを弾く身として、やはりバート・ヤンシュにはいちばん影響を受けた。「月」ということでは、アルバム「Moonshine」のタイトル曲の方が彼らしいギターが聴けるのだが、ここではあえて"Crimson Moon"を選んでみた。ヤンシュにしては、マイルドなギター・プレイである。アウトロにかすかに被って聴こえる英国の固定電話の着信音が、選択の決め手となった。なんだか、月から電話がかかってきたような気分にさせてくれるからである。

 

草野道彦(くさのみちひこ)

雑想家、図像コレクター。奥州雫石に生まれ、信州伊那で育つ。図像学は荒俣宏に師事。某アマチュア・ロックバンドでエレクトリック・ベースを担当。