空っぽの月


草野道彦(くさのみちひこ)

雑想家、図像コレクター。奥州雫石に生まれ、信州伊那で育つ。図像学は荒俣宏に師事。某アマチュア・ロックバンドでエレクトリック・ベースを担当。


0|言い訳だらけの前口上


 

「あなたが普段食べているものを教えて欲しい。あなたがどんな人であるか、当ててみせよう」とは、ブリア=サヴァランの有名な言葉だ。音楽にも同じことが言えるかもしれない。だから自分の音楽の好みを白状するのは、少しだけ怖い。でも「パンケーキが好き」だと言われても、あの人がどんな人であるかなんてわからないし、わかりたくもない。だから、そんなに気にすることもないのだろう。

以前、地下鉄で「チャラいOL風の女性」(もちろん偏見である)が、しきりに手元のタワーレコードの黄色い袋を、嬉しそうに覗き込んでいる様子を目撃したことがある。きっとJ−POPか、ジャニーズか、せいぜいアニメ映画のサウンドトラックあたりだろうと見当をつけた(もちろん偏見である)。ただ買ったばかりのCDを見てワクワクしている姿には、心和むものがあった。その「チャラいOL風の女性」は、とうとう我慢しきれずに、袋からCDを取り出した。驚いた。マディー・ウォーターズだった。しかも3枚。渋い。急にその「チャラいOL風の女性」の来し方に興味が湧いた。ということもあるので、偏見や先入観は禁物である。

かくいう当方が、積極的に音楽を聴くようになったのは1960年代後半、はじめて買ったレコードは洋楽だった。以来、90年代あたりまで欧米のロックを中心に、ポップミュージックを聴き続けた。その後、新しい音楽に興味をもって向き合えなくなったのは、ジャンルがあまりに細分化したことと、日本の音楽シーンが鎖国的になってしまったことが原因である。今もテレビやラジオからは、欧米の音楽のストリームが見えにくい。結局、かつて購入を断念した昔のアルバムを中心に聴くようになったのだが、あるとき自分が好きな楽曲に、「月」をテーマにしたものが多いことに気づいた。i-PODに入っていたものだけで20曲ほどになった。月ならば「30」がキリがいいと勝手に思い込み、意識的に月の音楽を集めはじめることになる。

気がつくと、曲数は30を大幅に超えていた。無論、タイトルに「月」や「MOON」や「LUNA」が入っていればなんでもいいというわけにはいかない。曖昧ではあるが、それなりの基準で選び続け、現時点では90曲近くになってしまった。

こういうものを誰かに教えるというのは、自己顕示欲を満足させているだけのようで気後れするのだが、そんな気後れの方がよほど自意識過剰のような気もする。我ながら面倒くさい性格だ。やっぱり自分の好きなものは、みんなにも知ってほしいというのが、素直なところだ。

能書きや言い訳はこれくらいにして、1回あたり数曲のペースで全90曲(増えるかもしれない)の月のアルバム「からっぽの月 empty moon」をお届けする。


ちなみにマディ・ウォーターズをご存知ない方は、以下を。