読めもせぬのに|渡会源一


2|ガリヴァーのAI


「ガリヴァー」と云えば、図体ばかりが大きくて、小回りの利かない人間や組織の代名詞に使わるようになってしまった。勿論、このガリヴァーとは、アイルランド作家、ジョナサン・スウィフトの小説『ガリヴァー旅行記』(1726−35)の主人公、レミュエル・ガリヴァー医師のことである。あくまでも尋常な人間であり、彼が巨人の喩えとされたのは、4部からなる『旅行記』の第1部ばかりが流布し、多くの子ども向け絵本の題材になったためだ。この『旅行記』も含め、スウィフト作品は政治社会風刺に溢れている。特にアイルランドの視点からイングランドと当時の最新文明を痛烈に批判した。絵本のような御伽噺めいた物語ではないのだ。
ガリヴァーが最初に訪れたのは、南インド洋の「リリパット」(小人国)で、第2部では「ブロブディンナグ」(巨人国)、第3部ではバルニバービ国を科学で支配する「ラピュータ」(空飛ぶ島)、そして最後に「フウィヌム」(馬の国)を訪問している。「ラピュータ」の名は「ラピュタ」として、宮崎アニメですっかりお馴染みになった。また平和な理想国家「フウィヌム」を脅かす邪悪な動物(と云うよりほぼ人間)としてヤフーが描かれている。こちらは沼正三の傑作奇想小説『家畜人ヤプー』を生み出し、IT企業名にもなった。

『ガリヴァー旅行記 Travels into Several Remote Nations of the World, in Four Parts. By Lemuel Gulliver, First a Surgeon, and then a Captain of Several Ships』扉


残念なことに、『ガリヴァー旅行記』のオリジナルには、地図以外にほとんど挿絵らしい挿絵がない。唯一、ラピュータのパートにラガードー学士院の「知識製造器」なる装置が掲載されているだけだ。ラピュータ文字が並んだ16×16のグリッドにハンドルが付いたものである。ハンドルを回すことによって、知識が作られる仕組みである。ところがこのラピュータで開発された実験的な農法のため、ベルニバービ国の国土は荒廃している。

『ガリヴァー旅行記』の「ベルニバービ国とラピュタの地図」

『ガリヴァー旅行記』の「知識製造器」

この知識製造器は、どこかヴィルヘルム・シッカートの機械式計算機(1623)や1970年代あたりまで使われていたタイガー計算機を思わせる。

シッカートの計算機

知識製造器のラピュータ文字は、当然のことながら全く読めない。ところが、近年、モーリス・ジョンソンという人が、ラピュータ文字は、日本の変体仮名をアレンジしたものであることを「発見」した。16×16の256文字中251文字が、変体仮名そのものか、2つ以上の仮名を組み合わせたものだという。引用元は、ドイツ出身の医者で博物学者、エンゲルベルト・ケンペルの『日本誌』であるそうな。ケンペルは出島三学者の一人と称される人物で、日本には約2年間滞在している。

ケンペル『日本誌 Geschichte und Beschreibung von Japan』より「日本語のアルファベット」

ケンペルが遺した「京都方広寺大仏」。「これまで見たことのない程の大きさで、全身金色である」と記録している。

ところで、ガリヴァーもラピュータを訪れた後、この物語に登場するただ一つの実在の国「日本」にやって来ている。ガリヴァーは長崎にも行き、踏み絵を拒否するというエピソードも挿入されている。やはりスウィフトがケンペルを参照したことは、間違いなさそうだ。

 

渡会源一(わたらいげんいち)

東京都武蔵野市出身。某財団法人勤務のかたわら、家業の古書店で店員見習い中。


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