書物の庭|戸田勝久
8|英仏の銅版画挿絵本2冊
英国と仏蘭西の銅版画入り本2冊、この銅版画技法について少しの説明を。
銅版画は何らかの方法で銅板に絵を彫り、その彫られた銅版にインクを詰めて版画紙を乗せ、プレス機で圧力をかけて線と点描で彫られたイメージを紙に転写する。
銅版画で一番良く使われるエッチング技法は、銅板に防蝕剤を薄く塗り線と点を針で描くと描いた部分だけ防蝕剤がとれる、その版を酸に浸けて描いた線と点を腐蝕させて凹ます。腐蝕で彫るので絵を描く時は力を入れず普通に紙にデッサンするように楽にできる。
今回の2冊の挿絵版画は酸を使わず銅板を直に「burin ビュラン」と言う鋭利な彫刻刀で彫る技法で「gravures au burin」や「copper engraving」と呼ばれている。
鋭い彫刻刀で彫り、力の入れ具合次第で線の強弱が一気につくので、それをコントロールする刀の扱いに長い修練が求められてエッチングよりも技法をマスターするのが難しい。
ビュランで彫られた線は酸で腐蝕された線よりエッジが明らかにシャープで強く美しい。
ビュラン彫り版画の名作としては、16世紀ドイツのA.デューラー作の「メランコリア」が知られている。
今回取り上げた2人の版画家、仏蘭西のジャン・エミール・ラブルールと英国のエリック・ギルはアール・デコ様式や立体派様式の表現に相応しいビュラン彫りの線描でモダンな風趣の版画を作り出した。
『少女たちのアパルトマン』ロジェ・アラール詩集/1919年刊
フランスの詩人、批評家アラールの1912年から14年にかけてのヴァカンスの想い出に寄せて書かれた詩集にJ.-E.ラブルール(1877-1943)が挿絵版画を彫った。
以下6点、9×5.5センチの小さな画面には、ビュランの線が奏でるアール・デコの風が吹いている。
「1925年アール・デコ様式」の先駆けとしてのラブルール挿絵の本書は1919年5月15日に排印されている。
『藝術と愛』1927年刊
英国の彫刻家、版画家、タイポグラファー、文筆家のエリック・ギル(1882-1940)が書いたエッセイに自らが銅版画挿絵を付けた書物。本書は生田耕作旧蔵本。
‘Adam and Eve in Heaven, or the Public-House in Paradise'
‘Man’s peculiar and appropriate activity’
‘With ritual chant’(after an Indian drawing )
‘For dignity and adornment’
‘A symbol of divine love’
‘Bread of these stones’
アール・デコ様式の頂点である1925年を挟んだ英仏の2冊の銅版画挿絵入りの小さな書物を取り出し、ビュラン彫り版画の涼やかな線を辿りながら倫敦と巴里を想う。
戸田勝久(とだかつひさ)
画家。アクリル画と水墨画で東西の境が無い「詩の絵画化」を目指している。古書と掛軸とギターを栄養にして六甲山で暮らす。
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