書物の庭|戸田勝久
15|モダニズム画家の小説挿絵本─『手袋』
画家東郷青兒(1897〜1978)はロマンティックな女性画で広く世に知られている。
1984年12月14日、大阪梅田の古書肆浪速書林の棚で出会った美しい挿絵本『手袋』で東郷青児が文筆にも才があるのを知った。
彼は1921年から1929年までパリに滞在し国立高等美術学校で学び、滞仏中にはマリー・ローランサンと親しくしていた。この書物には挿絵本黄金期のパリで美しい書物を手にして大きな影響を受けただろう香りがする。
画家の本だから文章に「お弁当の挿絵」を100枚近く付けておくとの前書きには、素人文筆家の謙遜と画家としての自負を感じる。「コント集」と題された短編集、本文を読んでその新鮮な面白さにびっくりし一気に読んでしまい、以来繰り返し楽しんでいる。
これらの短編小説は、筋書き、文章のレトリックなど新興芸術派の作家顔負けの素晴らしいものだ。7年間のパリ生活で得た感性と知識を生かしたモダニズム作家として十分に活躍出来ただろうと想像する。
この時代の日本で内容と挿絵と装釘がこれ程響き合った書物はあまり知らない。
1984年に『手袋』昭森社版を書架に迎えた後にふとした縁で、本書の挿絵原画集を持つ事が出来た。絵を描く人間として画冊を開き、興味深くオリジナルペン画をじっくりと観察した。
帙には台紙に貼られた18枚の原画が入っていた。極細目の良質な水彩紙に0.1ミリ以下の繊細な線で描かれた原画だった。まるで機械で引いたかのように迷いが無く精妙な曲線がペンの極細の線で描かれており、その画技に恐れ入った。どうすればこんなに細く均質な線が震えずに描けるのだろう。
またその後、友人から頂いた昭森社の雑誌『木香通信』昭和11年6月号には、東郷青兒『手袋』の刊行に際しての東郷青児特輯が組まれていた。
北園克衛や神原泰、峰岸義一らの東郷青兒論と共に東郷青兒著作集全五巻の刊行案内と挿絵原画頒布のお知らせをその中に見つけた。
1936年に画家東郷青兒が残した三方小口赤染めの甘くて少し毒のある洋菓子のような小説挿絵本は、時折り出して読む私をいつも「切ない永遠の春の夢」に誘ってくれる。
東郷青兒著作
戸田勝久(とだかつひさ)
画家。アクリル画と水墨画で東西の境が無い「詩の絵画化」を目指している。古書と掛軸とギターを栄養にして六甲山で暮らす。
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