relay essay|連閏記
25|「つまらない」は命にかかわる
木野鳥乎(イラストレーター/絵本作家)
「つまらない」時間。朝礼で整列して聞く校長先生の長話、祝宴で乾杯のグラスを手に聞くエライ人の自分語り、などは多くの人が経験しているはず。自分だけの退屈は工夫次第でしのげるけれど、こういう状況はどうにも……そんなことを考えながら、私は新たな「つまらない」に直面していた。「母を訪ねてきたお客様との同席」である。
90代の母を70代の知人Aさんが訪ねてくる。「ご挨拶だけで、長居はしません」から「せっかくなのでお昼をご一緒にいかが?」「では有り難く」の流れで当日に。私は母のサポート役としてこまごまと準備を整え、配膳を終えて席につく。美味しい食事は幸福そのものと感じながら、二人の話に相づちを打つ。今も台所に立ち、一人で外出もする母に、Aさん「どうしてそんなにお若いんです?」。これ、60回くらい訊かれている。61回目でも母は嬉しそうに答える。このあたりから私の頭のなか遠くからトゥクトゥクという音が聞こえだした。食事が終わり、お皿を下げた後もおしゃべりは続く。知らない親戚の話、軽めの身内の愚痴、ささやかな自慢。この場に私、必要?…… 近づいてくるトゥクトゥク。居たほうがいいよね? お茶を注ぎ足したりお菓子を勧めたりする役割。90代と70代の、お互いの滑舌と聴力が不安定な会話をつなぐ役割。双方の聞きのがしている言葉を拾う、意図が伝わっていなさそうなら言い換えてみる、誤解らしきものは解いておく。役に立とうとしているのだけど、これって……う〜ん。
「つ・ま・ら・な・い」
不意に、脳裏に号外の見出しのような文字! そしてトゥクトゥクがドウンクドウンクと波打つ爆音に。あ〜これはダメだ! あまりの頭痛に「ちょっと失礼」と、用事を思い出したかのように退出、自室のベッドに倒れこむ。「この感じ、前にもあった」と目を閉じながら遠い記憶をたぐり寄せる、三十年ほど前だったか……
私は海の中にいた。西伊豆でスキューバ・ダイビングをしている。ああそうだ、この3ヶ月前にライセンスを取ったのだ。取得の講習は南の島3泊4日の過密スケジュール、筋肉痛と疲労で迎えた最終日の海洋実習は、岩に囲まれた自然のプール=洞窟ダイビングだった。身体がこわばる、うまく沈めない、過呼吸気味で空気の消耗が早い。インストラクターが心配そうに私の顔を覗きながら、もっと先を見るように促す。おずおずと目を向けると、外洋に通じる洞窟の穴から光が射しこんでいた。サファイアの輝きに似た、透明でしかも深いブルー。その光が揺れながら洞窟内を照らすと、そこは巨大な岩が折り重なり光源へと下りてゆく広い階段になっていた。なんて幻想的な! いつの間にか呼吸は安定し、身体はしなやかに動きだし、私はその階段の上を滑空するように、光のほうへ潜っていった。
さて、ここは西伊豆。今回はダイビングショップからの「忘れないうちに日本でもまた潜りませんか」のお誘い。あの神々しい光景を思い浮かべながら楽しみにしていた当日は、気温の低いどんよりとした天候だった。「あいにくの天気ですけれど、海の中は見所がいっぱいあります!」とインストラクターの元気な声。だがやはり、海中も濁り気味で茶色っぽく、魚たちはだいたい灰色だった。太陽光が射せば銀色に輝くのだろう。インストラクターが、岩に隠れている小さな魚たちを指さしてくれる。潜り慣れている人たちは、とても楽しそう。魚の名前もほとんど知らない自分が残念だ……とはいえ実際、地味だよね……う〜ん。
「つ・ま・ら・な・い」
はっきりと意識したその瞬間に、吐き気と目眩が襲ってきた。インストラクターに手振りで危機を訴えると、彼はギョッとして私の手を掴み、急いで上がろうとバタついている私を制した。急に浮上すると肺が膨張して破裂する危険があるのは知っているけど、この吐き気どうするのどうするの!? 半ばパニック、でも我慢しながら誘導されて浮上、なんとか無事に陸に上がることができた。ああ、死ぬかと……
目が覚めた。1時間ほど経っただろうか、頭痛はまだ残っている。そうだ接客中だったのだ、Aさんは? 居間では、先ほどと同じ調子でおしゃべりが続いていた。私は居なくてもよかったのだね。「長居してしまって〜」とAさん。「お引きとめしてしまって〜」と母。日が暮れるころAさんは帰って行った。母に「こんなに長く疲れたでしょ」と訊くと「そうね、少しねウフフフ」。楽しかったのだ、ヨカッタ。ほんと、楽しくないと危険だからね!
そういえば私、小学生のころ朝礼で倒れ、20代でいとこの結婚式で倒れ、スキューバダイビングはあれが最後だった。
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