読めもせぬのに|渡会源一
10|名物型録
江戸期は海外貿易が制限されていたが、その隙を巧妙に潜り抜けて貿易で資金を蓄えネットワークを形成した薩摩と長州が徳川政権を打倒した。他方、そのような伝手を持たない、あるいは地理的に不利な諸藩は、地域産業の育成に力を注ぐことになる。産物の商品化の可能性を追求した一つの成果が、各地で造られた「本草書」(博物図鑑)や「物産帳」などの産物リストだった。都市住民に向けても『日本山海名物図絵』や『山海名産図絵』のようなガイドブックが刊行された。そこでは、単に産物を列挙するばかりではなく、その製法、加工法や道具までも解説されている。さらには個別の産物についての詳細なノウハウ書までも編纂された。殆どの人にとっては、実際にそれらの産物を作ることなど叶わなかったのに、結構なベストセラーになっている。
以下、『日本山海名物図絵』より茶の製法
以下、『山海名産図絵』より酒の製法
『紙漉重宝記』では歌人、柿本人麻呂を「石見産紙の祖神」とし、楮の育成から始まる紙の製造の全プロセスが図解されている。『製葛録』も同様に微に入り細を穿ったものだ。『鼓銅図録』は金属の採掘、精錬の工程が多色刷りで紹介され、題字は大田南畝が揮毫した。他にも『養蚕秘録』『朝鮮人参耕作記』等がある。何の為にそんなことまで本にするのか、と思わないでもないが、矢張り見ていて楽しい書物には仕上がっている。現代ならば、写真や映像によって、もっと正確に伝えることができるし、そのようなドキュメンタリー映像ならYouTubeあたりで容易に見つけられる。それ等はしかし、役に立ち為にはなるかも知れないものの、江戸の出版物の魅力には、遠く及ばない。
以下、『紙漉重宝記』より
以下、『製葛録』より
以下、『鼓銅図録』より
渡会源一(わたらいげんいち)
東京都武蔵野市出身。某財団法人勤務のかたわら、家業の古書店で店員見習い中。
< 9|読ませぬために を読む