書物の庭|戸田勝久
4|春の版画集
ハインリッヒ・フォーゲラー(Johann Heinrich Vogeler、1872年〜1942年)ユーゲント・シュティール様式の詩人画家、デザイナー、建築家。
ドイツ北部のブレーメン出身、藝術家コロニーのヴォルプスヴェーデ村に住んだ。
油絵と共に友人の銅版画家ハンス・アム・エンデの指導を得て、生涯190点余りの版画を制作した。
建築、室内装飾、家具、書物の装釘挿絵、陶磁器やナイフ・フォークのデザインなどもしている。その幅広い工藝への関わりからドイツの「ウィリアム・モリス」のようだ。
大正時代日本との繋がりが深く、雑誌『白樺』の表紙画を依頼されて描いている。
フォーゲラーと手紙で交渉をしたのは、柳宗悦。
1911年にはドイツから送られた版画が無事に着いて、日本初のフォーゲラー版画展が白樺主催で実現した。初日最初の入場者は詩人画家竹久夢二だったという。
詩人立原道造は、フォーゲラーに詩を献じている。
大正文化に少なからぬ影響を与えたドイツアール・ヌーヴォーの画家フォーゲラーの代表作はこの版画集『春に寄せて』。
ドイツ北部泥湿地帯ヴォルプスヴェーデ村に訪れる遅い春の情景を10枚の銅版画に刻んでいる。
詩人としても高い能力を持つ画家は、この版画集に自身の27歳の春を抒情豊かに閉じ込めた。
絵のように詩を書き、詩のように絵を描くことができたフォーゲラーの生涯最高の一冊。
10枚の版画の並び方はそれぞれの作品が響き合うように熟考されており、彼自身の詩はどこにも無いけれど、これは絵を読む詩集と言える。
本書の版元「ハウス・イム・シュルー」はヴォルプスヴェーデ資料館で、フォーゲラーの妻マルタが1920年に夫の藝術を保存する場として新築した住まい。
1階がフォーゲラー美術館、2階がゲストハウス。私が1986年に訪問した際にはマルタの娘さんがまだご存命だった。
現在も夫妻の曾孫により運営されている。
フォーゲラーが空を見上げて雲雀の歌を聴いている。
苗字のVogelerには「鳥/Vogel」の意味がある。
1894年から銅版画を始めたフォーゲラーは、短い期間にその技術を習得し、1899年彼の版画のピークとなる版画集を刊行、わずか27歳にしてデューラーを筆頭とした伝統あるドイツ版画史に名を残した。
今年2022年は彼の生誕150年にあたりヴォルプスヴェーデ村では、3月26日から1年間に亘り大展覧会が開かれている。
彼の伝記映画 “Heinrich Vogeler - Life of a Dreamer” もKinescope Filmに依り制作された。
戸田勝久(とだかつひさ)
画家。アクリル画と水墨画で東西の境が無い「詩の絵画化」を目指している。古書と掛軸とギターを栄養にして六甲山で暮らす。
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